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ポメスパンツァー

若手ゆとり会社員の究極暇雑記

「なぜ勉強が必要か?」Z会の教育方針から思うこと





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こんにちは!Kitarouです!

みなさんの多くはこんなこと考えたことありませんか?

 

なぜ勉強が必要か?

 

大体の答えとしては

「いい大学に行って、いい仕事につくため」とか、

「やるだけで将来の選択肢が広がるから」とか、

 

なんか目先の目標としてイメージがつきにくい。

今日はある記事を元にこの話をしようと思います。

 

 

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 「なぜ勉強が必要か」あなたはどう答える?

東洋掲載新聞の記事で下記リンクのような記事がありました。

 

中高生に勉強の必要性を聞かれた時どう答えるか。

将来のためなどと言って学生を納得させるのは困難だと思う。

 

その問いに対して通信教育で有名なZ会が新たな取り組みしているという記事。

 

元ネタ:なぜ勉強が必要なのか | Z会 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

Z会の取り組みは後ほど述べるとして、

 

この

 

「なぜ勉強は必要か」という問いは教育者や保護者としては永遠の課題ではないだろうか。

 

教育や子育ての中で一度は質問されるだろう問いの代表であり最も回答が困難なものである。

 

「勉強はして当たり前」

 

20年〜40年、50年と生きていく中で学ぶことは生きていく上で当然の行為ですが、いつそれが当然になるんでしょうか?

 

学ぶ姿勢を育む技術「Asteria」

まずはAsteriaが何か。

「学年の縛りがなく、個人の意欲や興味、達成度に合わせて、高度な内容の学習にも挑戦可能な、タブレットによるオンライン講座という学習形態」

なぜ勉強が必要なのか | Z会 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

さらに「学ぶ」ということに本きじでは次のように書かれている。

学び続ける姿勢は急に身に付くものではない。10代のうちから、学習の中に面白さを発見したり、社会とのつながりの中で勉強する意義を感じたりする経験が重要だ。

Asteriaではアダプティブ・ラーニングという適応学習なる技術を取り込んだオンライン講座である。

 

内容理解・問題演習・添削指導などすべての学習がタブレットで完結するようにつくられており、個人の理解度に応じて、一人ひとりが適したスタート位置から学習を始められる。

 

僕の個人的な解釈としては、

 

<普通の学習>

テキストに書かれたことをテキストの順番通りにこなしていく。

例)地理→歴史→公民が中学社会の学習順序

 

<Asteria>

学習分野をベースに他の分野に派生させる。

また個人の得意、不得意に合わせた熟練度に応じて学習の最適化を図る。

 

例1)地理、歴史、公民を各学年で習う分野を中心に派生させながら勉強。

例2)近代史の分野で間違いが多いので、近代日本史から復習する。

 

Asteriaの目的

記事内で草郷雅幸(ICT事業部執行役員/事業部長)はこう語る。

 

困難な課題に対してもあらゆる知識を結集して解決の道筋をつける力、いわゆる “21世紀型スキル”とも呼ばれる力を育てるために最適な学習は何かを考え、最新テクノロジーとZ会が蓄積した85年の指導経験を組み合わせて生まれたものが、Asteriaなのである。

 

というような形で、学年や年齢に左右されない学習プログラムとして期待が寄せられている。

 

書いててすごいAsteiraの宣伝しているように見えますが全くアフィしてないので僕の利益ありませんのでご安心を。笑

 

次から本題。

 

 

 

Asteriaは冒頭の問いになっているか?

僕は最初にこう質問しました。

 

「なぜ勉強が必要か?」

 

確かにAsteriaでは勉強意欲向上のための最新技術がかなり盛り込まれていると思います。

僕もサイト見て一瞬ながら英語のレッスンやってみてもいいかなと思いました。

 

しかし冒頭の質問の答えになってなーい!

 

と突っ込みたくて仕方ありません。笑

 

学び=好奇心による行動意欲ではないか?

ここで僕なりの「なぜ勉強が必要かに答えます。」

 

僕は好きなこと、やりたいことができると、それについて勉強すると思ってます。

 

勉強=数、英、国、理、社と誰が決めたんでしょうか。

 

僕にとっては、ミュージシャンになりたくてギターの練習、アーティストの弾き方を学ぶことも勉強。

 

サッカー選手になりたくて、フォーメーションやセットプレイなど叩き込むのも勉強。

 

なんなら僕が日々、読者のために書きたいと思っているブログの書き方を学ぶのも勉強だと自負してます。

 

学びとは、好きなことができた時に生じる行動意欲の表れと僕は考えます。

 

学びは必要でなく、必然

上記のことを踏まえるとそもそも

「なぜ勉強が必要か」

という問いは意味をなさなくなります。

 

なぜなら勉強とは好奇心に必然とついてくるから必要とされないのです。

 

そうです。好きなことができた時、人は勉強するのです。

 

だからって学校の教育をおろそかにしていいか?

これは非常に難しい問題です。

僕は学生時代に4年間塾講師をしてました。

(留学で1年抜けたので実勤務は3年ですが。)

 

塾講をしていると必ず生徒に質問されます。

 

生徒「なんで勉強せなあかんのー?」と、

 

僕はいつもこう返しました。

 

僕「ゲームやるときどうやって全クリする?」

 

生徒「いろいろ武器集めたり、攻略本見たりする!」

 

僕「それも勉強や!自分で目的のために調べて達成する!わからんかったら自分で調べるんや!うちのテキストは学校の先生よりわかりやすいから簡単やで!(先生ごめんなさい)」

 

これだけで生徒はやる気は出してくれます。

 

休み時間とか、終業後は先生の威厳を失わない程度でゲームの話も乗っかっていました

(スマホゲームだけは中毒性回避のため、面白い意味がわからないと避けていました)

 

 

僕が思うに教育者とは生徒にモチベーションを上げるために最大限の手助けをする存在だ思います。

 

教育者は生徒を問いただすのではなく、道標を示してあげるべきもので、自然とその道に向かえるように手助けをしてあげないといけない。

 

ただ学校の勉強を塾で復習するだけだと付加価値には乏しい。

生徒の次につながる指導をしてこそ生徒の将来に対して付加価値が付いてくる。

 

 

最後に

Z会の記事を否定するための記事ではなく、今回は「なぜ勉強が必要か」というところに焦点を置いています。

 

その点で冒頭のリンクはその答えに乏しいと思って、かつ僕の意見を述べるためにちょうどいい題材だと思って引用させていただきました。

 

僕自身、今までにZ会の参考書には幾度となく助けられており、受験生の時の世界史のテキストはまさしく将来につながる知識を与えてくれました!

そう思うとZ会ええなーと思います。笑

 

そんなこんなで長くなるのでこれで終わります。

 

もし共感頂ければ、シェアボタンやブックマークをポチッと頂ければ幸いです。

 

今後もたまにはこうして意見発信する文書も書いていこうと思います!

 

終わり