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ポメスパンツァー

若手ゆとり会社員の究極暇雑記

〜ベルリン〜Kitarouの足跡:ドイツを歩く





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昨日は久々に飲みすぎて気づけば朝でした。

金曜は全力で定時退社目指します。

 

Kitarouです。

 

先日は多くの方にこのブログへ足を運んでいただいたようでありがとうございます。

 

今日から先日ご紹介したドイツの有名な町シリーズを1つ1つディープに見ていこうと思います。

本日のお題はベルリン

 

 

ベルリンってどんな町!?

前回に引き続きベルリンをまずは簡単な箇条書きで表現したいと思います。

 

  1. ドイツの首都
  2. 町が1つの州を成す
  3. 人口は約350万人,ドイツ全体の40%
  4. 面積はざっと日本一小さい香川県の半分くらい
  5. 1989年までベルリンの壁で東西分裂
  6. 実際東西再統一は1990年(学生よ、テストに出るよ!)
  7. 美術館やオーケストラ楽しめる
  8. ベルリンの壁
  9. ブランデンブルク門
  10. 舞姫の舞台
  11. 2006年にはFIFAワールドカップの決勝を開催。
  12. 実は「ヨーロッパのゲイの首都」て言われてる
  13. アンペルマンて雑貨ブランドがおしゃれ!

 

などなど大都市なので挙げだすとキリがないですね!

 

ではこの中から旅行にオススメな場所と知識的な部分に分けてベルリンをお届けしようと試みます。

 

ベルリン観光スポット編

1)ブランデンブルク門

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ベルリンのシンボルと言われており、町の中心地に位置する。プロイセン王宮につながる玄関口と言われている。実は他にもベルリンには門があったが、ブランデンブルク以外は取り壊されてしまった。

 

 

2)国会議事堂

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ベルリン中央駅から徒歩でもいける距離にある。連邦制を取るドイツで唯一、国事に関わる連邦議会を設定できる場所。

 

真ん中にガラス張りのドームがあり、実は中に入れる。下記リンクのサイトで予約しなければならないので挑戦してみたい方は是非!

 

 

国会議事堂入場予約

Visiting the Bundestag

 

 

3)ベルリンの壁

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近代ドイツ史のメルクマール。

東ドイツに位置するベルリンをさらに、東西で分裂してその半分を西ドイツとすることで、なんとも歪な国境線張ったのがこの壁。

 

ベルリンの中心街であるポツダム広場駅を降りると取り壊された一部のギャラリーが見られる。しかしもっと興味のある方はイーストサイドギャラリーという、まだ1kmほど並んだ壁の跡を見ることができる。

 Ostbahnhoff(オストバーンホッフ)という駅を降りると目の前に広がっています。

<行き方>

Berlin Central stationからS-bahn(Sバーン)という電車のS5番かS7番に乗り3駅。

 

 

 

下記リンクで英語の説明とかあるので興味がある方は是非。

www.eastsidegallery-berlin.de

<東駅(Ostbahnhof駅)>

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 4)アンペルマン(雑貨屋さん)

歩道の信号を見ると人が映っているのをなんとなく日本でも見ます。

ドイツではそのシンボルがキャラクターとなって雑貨屋さんで話題を呼んでいます。

最近では日本ドイツフェスでもお目にかかりますがベルリンに来れば、是非本店 に行ってみたいですね!

Hackeschen Höfenという場所のショップがオリジナルで、現在ベルリン中に他にもお店がたくさんあります。レストランもあったのは筆者も今回調べて驚きです!

 

www.ampelmann.de

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こんな感じで見ていただければ、ベルリンの観光もベーシック編は問題なしです!

 

あとご飯食べたい人は残念ながら筆者は専門ではないので他のブロガーさんがご紹介してくれれば幸いです。。。。

 

 

では次はベルリンについて歴史や政治的な部分を中心に紹介できればと思います。

 

ベルリン事情〜ちょっとディープな話〜

a)ベルリンって街の歴史はそれほど長くない。

 

ということですが、ベルリンという街自体は完全に西暦になってから。

1244年にその名前が出てくる。

もともとは門で有名ブランデンブルクというのが辺り一帯の街の名前。

1448年に領主がベルリンに宮殿を移す。

1871年にドイツ帝国プロイセン王国)が誕生するが、その時首都にベルリンが選ばれた。

 

二つの世界大戦を経験したドイツは、ベルリンを東西に分裂されるが、1990年に再統一を果たす。

 

b)ベルリンの東西分裂について

ちょっと難しい話になるがドイツの歴史の中心でもあるベルリンの東西分裂について。

 

<時系列>

1948:

ドイツ分割統治の中で、ソ連が西ベルリン封鎖をする。これで東ドイツは西側への逃げ道を絶たれる。(ベルリンの西側は戦後分割統治のなかでアメリカら資本主義国が外交統治という名目で管理していただけ)

 

1949:

ドイツが東西に分裂する。つまり国家として西ドイツこと、ドイツ連邦共和国東ドイツこと、ドイツ民主共和国が誕生。(ベルリンでなく、ドイツが国家を作ることで分裂させる。)

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(wikipediaより)

赤の部分が東ドイツ

 

1961年:

西側への人口流出を避けるべく、東がベルリンの壁を建設。全体的な西ベルリンの囲い込みと言われる一方、東側の国民は社会主義の圧力から逃げる術をなくす。

 

1989年:

東西ベルリンの国境線を解放。一瞬にしてベルリンの壁が崩壊。

 

1990年10月3日:

東西ドイツが統一。

 

というような形がベルリンの壁の歴史です。

今回は時系列を並べただけで背景などはもっと複雑なので筆者もより勉強した上で紹介できればと思います。笑

 

次回はミュンヘンについて熱くかたらしていただければ幸いです。

自己満足な記事であれば恐縮です。。笑

 

また本日はドイツ記事を離れて、プチっと日記も更新しますのでご覧いただければ幸いです。

 

ではでは

 

Kitarou